旭日章の等級と見分け方

こんにちは!
Hiroです。

今回は、日本の勲章である旭日章(きょくじつしょう)についてご紹介します。

旭日章について詳しく知りたい方は、ぜひ最後までご覧ください!

そもそも旭日章って?

そもそも旭日章とは何なのでしょうか。基本的なところから解説していきます。

明治7年11月に日本で初めての勲章が誕生しました。これが旭日章です。
明治8年の時点では「賞牌」と呼ばれており、明治9年以降「勲章」と呼ばれています。

さて、勲章とは人を讃えるために授与されるものです。
それでは、旭日章は一体誰を讃えるために作られたのでしょうか?

文献では「国家ニ功ヲ立テ積ヲ顕ス者」、簡単に言うと、国家に顕著な功績をあげた者に授与されます。

主に瑞宝章が経歴年数に応じた勲章とすると、旭日章功績に着目した勲章と言えます。

明治8年の12月30日・31日に、九親王に初めての授与がなされたと言われています。初期では皇族に与えられていた旭日章ですが、様々な改定を経て、国に奉仕した者に与えられるようになっていきました。

旭日章は、明治8年4月10日に勲一等から勲八等までの8等級が制定され、明治21年には旭日章最高位となる勲等を追加し、しばらくは全9等級でした。

後述しますが、現在では大幅に改定されたため全6等級になっています。

その後、意匠も決められました。意匠とは、デザインとほぼ同じ意味です。
旭日章に多く共通する意匠としては「旭日」。つまりは朝日をモチーフとしています。

勲章の本体の部分は陽の光をイメージして、8方向に光線が伸びています。また、この光線は旭光と呼ばれていることが多いので覚えておくと良いかもしれませんね。

この朝日のイメージは、古来から日本の紋章として用いられてきたものです。
勲章の本体部分のうち、外側のところは白色で、きらきら光る七宝と呼ばれるものが使われ、平たくなるように丁寧に磨かれています。また、中央部分には赤いガラスがはめられていて、太陽を連想させます。

かつての制度では、旭日章は他の勲章よりも上位に位置する勲章とされていました。

しかし、2003年に制度が改定されてからは、勲等の独立や廃止に伴って全6等になり、それまで下位の勲章であった瑞宝章と並ぶものへと変わっていきました。

旭日章のデザインと等級

旧制度でいうところの勲1等から勲6等まで基本的なデザインは同じです。

旭日章に共通する特徴は、勲章と首にかける紐の間に桐の花をかたどったものが付いています。(この桐の花の部分を紐⦅ちゅう⦆と言います。)

等級によっては、本体の装飾や中央の赤いガラスの色などが少し異なったり、勲章を入れる箱も変わっていたりします。

しかし勲七等と勲八等ではデザインがガラッと変わり、葉の形をしているので、すぐに他の勲章との違いがわかります。勲七等と勲八等の違いといえば、きらきら光る七宝が使われているか、銀板を使っているかが大きいでしょう。

また、すべての旭日章の裏には功績を表す証として「勲功旌章(くんこうせいしょう)」という文字が書かれています。

次に旭日章を個別にみていきましょう。

桐花大綬章(旧:勲一等旭日桐花大綬章)

出典:(http://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho-kunsho/tokasho.html

勲一等旭日桐花大綬章は、かつて最上位に位置しており、旭日章の中でも最高ランクの勲等でした。

旭日章が作られた当初は存在しておらず、明治21年に旭日章に仲間入りしましたが、現在では旭日章から独立して「桐花大綬章」と呼ばれる別の上位の勲章とされています。

中央に赤いガラスがあり、そこから8方向に旭光が伸びているという点では、他の勲章との違いはありません。他の勲等との違いは、8方向の旭光に白色の七宝ではなく赤色の七宝が使われていることでしょう。

また、その8方向の光線から4方向に白色の七宝を使った旭光が出ています。そしてその4方向の旭光の間を、紫の桐の花がつなぐように散りばめられています。

他の勲等と比べても明らかに華やかなので、すぐに見分けることができそうですね。

旭日大綬章(旧:勲一等旭日大綬章)

出典:(http://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho-kunsho/kyokujitsusho.html

勲一等旭日大綬章は、明治8年の勲章の制定当初は旭日章の中では最高ランクの勲等でした。九親王に贈られた勲章もおそらくはこの勲章であるとされています。

ベースはあまり変わりませんが、8方向にのびている旭光ははじのほうまで丁寧に白色の七宝が使われています。他の勲章との大きな違いは、両面にこの七宝が使われていることでしょう。

同じ勲一等旭日大綬章でも、年代によって違いがあります。

明治7年の時点では、勲章の本体と、紐と呼ばれる部分の桐の花とが一体になっています。一方、明治8年以降は本体と紐のあいだが可動式になっているため、完全に別物となっています。

旭日重光章(旧:勲二等旭日重光章)

出典:(http://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho-kunsho/kyokujitsusho.html

勲二等旭日重光章は、本来三層でつくられる旭日章とは異なり二層で作られているため、他の勲章よりも薄いのが特徴です。

旭日の光線を金線で表現しています。旭光が金線を境に内側と外側に二層になっているように見えることが大きな特徴でしょう。内側の旭光には白七宝が使われています

勲二等は旭光が鋭く見えるのですが、これは旭光の周りの金線が他の勲章よりも少し太いためだからでしょう。そして真ん中の赤い部分は、勲二等では透明感はあまりなく、黒ずんでいるものも多くあります。

勲二等の中には、旭日章本体を複数に分けて、あとからくっつけるという技法が使われていたものもあり、裏面の中央にその跡を隠すように銀の別体が施されているものもあります。

また、造りの良い勲二等は勲一等旭日大綬章の副章として使われることもあります。

旭日中綬章(旧:勲三等旭日中綬章)

出典:(http://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho-kunsho/kyokujitsusho.html

勲三等旭日中綬章も、勲章の本体と、紐と呼ばれる部分の桐の花とが一体になっているものと、別個になっているものが存在します。

また勲三等には古い綬と新しい綬とがあります。どちらも箱の形や大きさは同じです。中の青い座布団も同じです。

ただし、この座布団はその大きさはおこなり、入れ替えることはできませんでした。箱そのものバラツキがあり、それに合わせて座布団が作られているので1つの箱には1つの座布団です。

旭日小綬章(旧:勲四等旭日小綬章)

出典:(http://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho-kunsho/kyokujitsusho.html

上記の写真を見てもらえばわかるのですが、勲四等旭日小綬章は全て金色です。

勲四等旭日小綬章は明治11年7月までに190個が出され、それ以降「明治13年4月2日発行の勲位録」までにはわずかに8個だけです。

そのため、木箱に入った勲章は8個だけしか出されていなかったのではないかと言われています。

勲章本体は、章身は同じ金型で四等が全体に金鍍金、五等は十字方向が金鍍金、六等は銀地のままです。それに四等は「五七桐」がつき、五等と六等は「五三桐」がつきます。

旭日双光章(旧:勲五等双光旭日章)

出典:(http://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho-kunsho/kyokujitsusho.html

勲五等双光旭日章は光線部分の地が金と銀との交互になっているデザインです。

「明治13年4月2日の勲位録」によると、ほとんどの勲五等は明治11年に出されており、明治11年中にはわずか7個、明治10年には152個、明治12年中にはわずか9個のみです。

勲章の章身自体も四・五・六等は同じで、先ほどご紹介した通り、「金色のみ」か「金色・銀色」か「銀色のみ」だけかの違いです。

しかし、当時は作り手が違うとまるで違うもののように見えてしまいます。勲章自体を作った人によって、出来の良いものと出来の悪いものが存在しているのです。

つまり、勲章ごとによってバラツキがあるのです。

旭日単光章(旧:勲六等単光旭日章)

出典:(http://www8.cao.go.jp/shokun/shurui-juyotaisho-kunsho/kyokujitsusho.html

勲六等単光旭日章は全て銀色です。こうして勲四・五・六等を見比べてみると違いがわかりますね。

勲六等単光旭日章は、旭日の形を保っている中において一番下の勲章ですが、旭日章身自体はメッキされておらず、銀地台のままというだけで実際には四等と同じものです。

この時期の勲六等は明治12年よりも、明治11年の方が圧倒的に多く叙賜されています。西南役の論功行賞は明治10年は全くなく、明治11年に400個でした。そして明治12年には363個でした。

勲七等青色桐葉章(現行では廃止)

出典:(http://kamonlove.blog.fc2.com/blog-entry-10.html

勲七等青色桐葉章は下士官・兵に叙賜した勲章です。旭日ではなく、桐葉型のデザインです。

勲七・八等の下級勲章は竹橋騒動の余波で当初の予定よりさらに叙勲が遅れたとされています。木箱入りの勲章が西南役論功行賞勲章と言われていましたが、少なくとも明治11年末までは、勲章は革箱に入っていたとされています。

勲八等白色桐葉章(現行では廃止)

写真

勲八等白色桐葉章は勲七等青色桐葉章と同じく、下士官・兵に叙賜した勲章です。旭日ではなく、桐葉型のデザインです。

上記の通り、勲七・八等の下級勲章は竹橋騒動の余波で当初の予定よりさらに叙勲が遅れたとされ、少なくとも明治11年末までは、革箱に入っていたとされています。

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